風邪は百薬の長

巷では風邪が流行っているらしい。店でもお客様から風邪の時の食事について訊かれることが多い季節でもある。そうした相談を受けるたびに「風邪」に対する認識の違いを感じる。大半は風邪を厄介なものと捉えているふしがあるが、時々風邪を恐ろしいものと捉えて、ビクビクしながら風邪について語る人もいる。特にこの時期「インフルエンザ」はもっとも忌み嫌われる。

確かに「風邪は万病の元」という言葉を聞くとそりゃあ大変だと思う。似たような言葉に「酒は百薬の長」という言葉があるが、この言葉は辛党にとっては鬼に金棒、水戸黄門に印籠くらい頼もしい言葉である。ところが実はこの言葉には続きがあり「酒は百薬の長、されど万病の元」というそうだ。「酒は百薬の長」で止まってしまうのは辛党と酒販業界の願いである。

自分の風邪の認識は先程の言葉をもじると「風邪は百薬の長、されど万病の元」である。風邪は上手く対応すれは身心ともに解毒が完了し健康になるが、対応を誤るとまずいことになる。

20代半ば頃、初めて渋谷の富ヶ谷にある「ルヴァン」というパン屋を訪れた時のこと。すばらしい天然酵母の香り漂うパン屋に併設れたカフェに入って、パンとチーズのプレートとワインを注文して席に着くと壁際の本棚に「風邪の効用」という本を見つけた。「風邪」という言葉と「効用」という言葉の組み合わせにちょっとした驚きを覚えながら本を手にし数ページ読んですぐこれは本当だと感じたのを覚えている。カフェにいる間には読みきれなかったので、帰りに書店に立ち寄り「風邪の効用」野口晴哉著を買って帰宅した(後にこのパン屋で働くことになるとはこの時は思ってもみず。人生どこでどうなるかわかりません)。

野口晴哉氏の言葉を非常にざっくりまとめると、「風邪」とは日々の生活で体に溜まった歪みや老廃物を解消する自浄作用、健康法であり、季節の変わり目に風邪をひくと次の季節に向けて体が調整され健康度が上がる。そこで対応を誤ると風邪が長引いたり、体の歪みがそのままになりもっと別の病気に移行して慢性疾患を抱えることになる。なので風邪をひいたと思ったら風邪をうまく通過させてやるのが肝心で、うまくいくと数分から十数分で経過させられるそうだ。そのノウハウも本の中で述べられている。

この本に出会って四半世紀経つがその間、年に数回ずつうまく風邪を経過させることが楽しみのようになっている。その時の爽快感は素晴らしく、風邪にかかると少し嬉しいくらいだ。時々うまくいかない時もあるが、その時は己の体に無理を強いすぎたと反省して、できるだけ自然な養生法を実践しながら休むことにしている。ポイントは日々の食生活と同じでケミカルなものを取らないこと、石油から作られたものは体内で消化、解毒される際に肝臓に負担がかかるので、どんなに効果があると言われても、プラマイゼロ、元の木阿弥である。風邪もお酒もうまく「経過」させて「百薬の長」に持っていきたいものである。(S)